メゾンドヨシダ桜坂 ヨシダの物語

Maison de Yoshida が
創りあげてきた、福岡のフレンチ。
ムッシュヨシダなくして福岡の食文化は語れない

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                   吉田 安政
           Yasumasa "monsieur" Yoshida

 1963年渡仏、ヨシダの物語が始まった。パリを経て、スイスのホテル学校でキュイジーヌ哲学と技、歴史を学び、さらに、欧州各国で食文化を習熟。
 帰国後、“日本のフランス料理の父”故、小野正吉氏のもと、ホテルオークラ東京のメニュー開発、同じく、日本の現代バンケット&ブライダルを位置付けた、故、橋本保雄氏とレストラン・バンケットのサービスマニュアルを手がけるなど、ホテルオークラ創業時の基礎に大きく携わる。70年、九州初の本格的フレンチレストランをオープン。以来40年、福岡のフレンチを支え続ける。
 さらに、「博多食文化の会」をはじめ、様々な社会貢献活動や食のコンサルティング、ホテル・レストランのプロデュースを数多く手懸けるなど、九州・福岡の食文化の向上のため、未来に向かって走り続けている。


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福岡のフレンチの始まり

1970年、中洲河畔に福岡初の本格フレンチ花の木。第一章、ヨシダのフレンチが始る。福岡の著名人たちの社交場として賑わった。そして、多くの料理人やギャルソンたちがヨシダスピリッツを背負って全国へ旅立った。


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フレンチが福岡の文化を育てる

春吉にメゾン・ド・ヨシダをオープン。火をテーマに新たなフレンチを極めた第二章。ロティスリーに暖炉、一軒屋のフレンチレストランは、五木寛之氏をはじめ、芸能・文化人たちの隠れ家として愛された。ヨシダの料理が福岡の文化として根づいた。


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第三章、桜坂のグランドレストラン

福岡で生まれた味のブランド、料理とワイン、パンにガトー。全てを充たした者のみグランドレストランの章がつけられる。この桜坂に始まる新たなヨシダの物語。小鳥のさえずりが聞こえるカフェ。プロヴァンスの佇まいで至福のひとときを過ごすレストラン。ぬくもりある木の薫りに包まれたチャペルとバンケット。
全てが充たされたグランドレストランが始まる。